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東京高等裁判所 平成11年(ネ)2264号 判決

控訴人(原告)

柴田利子

右訴訟代理人弁護士

小川信明

友野喜一

鯉沼聡

高橋秀一

被控訴人(被告)

明和地所株式会社

右代表者代表取締役

原田利勝

右訴訟代理人弁護士

箕山洋二

小嶋和也

主文

原判決を次のとおり変更する。

一  被控訴人は、控訴人に対し、二一五万円及びこれに対する平成一〇年四月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  申立

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、四三〇万円及びこれに対する平成一〇年四月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、分譲マンション販売業者である被控訴人から別紙物件目録一記載の建物を購入した控訴人が、被控訴人に対し、一次的に、右建物売買契約には南側隣地に建物が建たないことを保証する旨の特約があったところ、本件建物の南側隣地にマンションが建築されたため、右特約が履行不能になったとして、特約違反による売買契約の解除に基づき、手付金四三〇万円の返還を、二次的かつ選択的に、

①  右特約が存在する旨、又は、右マンションの南側隣地に相当長期間建物が建築されずに日照が確保される旨誤信していたとして、右売買契約の錯誤無効による不当利得返還請求権に基づき、手付金相当額の返還を、

②  被控訴人が説明義務に違反したとして、債務不履行(契約締結上の過失)に基づき、手付金相当額の損害金の支払を、

それぞれ求めた事案である。

一  前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)

1 被控訴人は、不動産の売買、仲介、賃貸に関する業務等を営業目的とする株式会社であり、平成八年一月頃から、別紙物件目録一記載の一棟の建物(以下「クリオ横浜壱番館」という。)の専有部分の販売をしていたものである(証人山崎暁、弁論の全趣旨)。

2 控訴人は、平成八年一月一六日、被控訴人から、別紙物件目録一記載の建物(クリオ横浜壱番館九〇四号室。以下「本件建物」という。)を次の約定により買い受ける旨の契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。

(一) 代金(消費税を含む)

四三〇三万一〇〇〇円

(二) 代金支払方法

(1) 手付金(契約締結時)

四三〇万円

(2) 中間金(平成八年二月二〇日まで) 四三〇万円

(3) 最終金(平成九年二月二八日まで) 三四四三万一〇〇〇円

(三) 引渡日

売買代金完済時(引渡開始予定日平成九年二月二八日)

(四) 特約

控訴人が本件売買契約に違反し、被控訴人から相当の期限を定めた履行の催告を受けたにもかかわらず履行しないときは、被控訴人は、本件売買契約を解除し、手付金を違約金として没収することができる。

3 控訴人は、平成八年一月一〇日頃、被控訴人に対し、申込金一〇万円を支払った。

控訴人は、被控訴人に対し、同月一六日までに手付金四三〇万円(ただし、右申込金一〇万円を含む。以下「本件手付金」という。)を同年二月二〇日までに中間金四三〇万円を、それぞれ支払った。

4 本件売買契約締結当時、クリオ横浜壱番館の南側に所在する別紙物件目録二記載の土地(以下「南側隣地」という。)は、大蔵省が所有する土地であり、建物は建てられていなかった。そのため、クリオ横浜壱番館の日照は良好であった。

5 株式会社テクノハウジング(以下「テクノ」という。)は、平成八年七月一九日、大蔵省から、南側隣地を買い受け、地下一階地上一一階建てのマンション(以下「テクノマンション」という。)を建築することを計画し、同年八月上旬頃、その旨、被控訴人に申し入れた(甲四、八、乙六)。

本件建物は、テクノマンションが建築された場合、冬至日には、午前一一時頃から日照が制限され始め、午後零時には完全に日影になってしまう。

6 被控訴人は、テクノに対し、テクノマンションの建築計画の見直しを求め、また、建物建築禁止の仮処分申請をするなどしたが、テクノは、基本的な部分については計画を変更せず、地下一階地上一一階建てのテクノマンションを建築する姿勢を崩さなかった(甲四、五)。

7 被控訴人は、平成八年一一月三〇日、クリオ横浜壱番館の専有部分の購入者に対し、南側隣地にテクノがテクノマンションを建築すること、テクノに対して建築計画の見直しを求めたこと等の事情説明をするため、購入者説明会を開催した(甲四、五)。

8 控訴人は、テクノマンションの建築という事態が発生したため、平成九年二月二八日までに、本件売買契約に定められた最終金三四四三万一〇〇〇円を支払わないでいたところ、被控訴人は、同年三月二〇日に到達した内容証明郵便で、控訴人に対し、同日から七日以内に最終金三四四三万一〇〇〇円を支払わない場合には、債務不履行を理由として本件売買契約を解除し、本件手付金を没収する旨の停止条件付解除の意思表示をした(乙一の1、2)。

9 控訴人は、右8の期間内に最終金三四四三万一〇〇〇円を支払わなかった。

10 被控訴人は、控訴人に対し、平成九年三月二九日到達の内容証明郵便で、本件手付金四三〇万円を本件売買契約の特約に基づき違約金として没収する旨通知し、これを返還しない。

なお、被控訴人は、同年四月一一日、控訴人に対し、売買代金の内金として受領済の中間金四三〇万円を返還した。

二  主たる争点

1 本件売買契約の債務不履行(一次的主張)

(一) 控訴人の主張

(1) 本件売買契約には、被控訴人は、控訴人に対し、クリオ横浜壱番館の南側隣地に相当長期間にわたり建物が建たないことを保証する旨の特約(以下「本件保証特約」という。)があったところ、南側隣地にテクノマンションが建設されることになったから、遅くとも購入者説明会が開催された平成八年一一月三〇日において、本件保証特約は履行不能となった。

(2) 控訴人は、平成一〇年四月二三日に送達された本件訴状により、被控訴人に対し、本件保証特約の履行不能に基づき、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 被控訴人の主張

本件保証特約の存在は否認する。控訴人と被控訴人間で交わされた売買契約書(甲一。以下「本件売買契約書」という。)、控訴人に交付された重要事項説明書(乙三と同様のもの。以下「本件重要事項説明書」という。)には、本件保証特約は記載されていない。逆に、本件売買契約書及び本件重要事項説明書には、「本物件周辺の現在空地となっている用地については、将来、所有者の都合その他により建築基準法その他法令の許認可を得て、中高層建物等が建築される場合があり、これに伴う日影等の環境変化が生じること」が明記されており、控訴人は、これを承認して本件売買契約を締結したものである。

2 本件売買契約は錯誤により無効であるか(二次的・選択的主張一)

(一) 控訴人の主張

(1) 仮に、本件保証特約が存在しなかったとしても、控訴人は、本件保証特約が存在するものと誤信して本件売買契約を締結した。

また、控訴人は、南側隣地に建物が建築されることはなく、本件建物について日照を得られることを動機として本件売買契約を締結したものであり、本件建物につき日照が得られないことが始めから分かっていれば本件売買契約を締結しなかった。

(2) 控訴人は、本件売買契約の締結に当たり、被控訴人の担当者である山崎暁(以下「山崎」という。)に対し、本件建物の日照が得られることが本件建物購入の大前提である旨を明確に表示した。

(3) ところが、平成八年八月頃、テクノから、被控訴人に対し、南側隣地にテクノマンションが建設されることが通知され、本件建物の日照が得られないこととなった。

したがって、本件売買契約は要素の錯誤により無効である。

(4) 被控訴人の反論は、以下のとおり理由がない。

①  控訴人は、秋田県で一人暮らしをしている母親と住むため本件建物の購入を検討していたが、母親から、本件建物が南側の部屋で日が当たるなら良いと言われ、本件建物の購入を決意したものであり、将来、秋田県に帰る予定もなかったし、現実にも秋田県に帰っていない。

②  山崎は、本件売買契約締結の際、控訴人に対し、南側隣地は大蔵省の土地であり相当長期間は建物が建たないなどと言って本件建物の日照が確保される旨の説明をした。

③  控訴人は、被控訴人顧客相談室の中村出穂(以下「中村」という。)から、平成九年一月一五日までに本件売買契約を解約するか否かを回答するように求められたことはないし、控訴人において本件売買契約を解約しないと発言したこともない。

控訴人が、本件売買契約の解約申し入れを即座にしなかったのは、本件建物という高額な物件を購入するか否かの判断は慎重にすべきであると考えた上、勤務していた会社の定年退職が間近に迫っていたため、資金調達等の点で今回がマンションを購入できる最後の機会となっていたことに加えて、既に、本件建物について間取り工事等の依頼をして費用を支出していたことなどの理由によるものであり、本件建物について日照を得られることが本件建物購入の動機となっていなかったためではない。

現に、控訴人は、同年二月二八日には、中村に対し、本件売買契約の解約を申し入れている。

(二) 被控訴人の主張

(1)  控訴人は、本件建物が横浜駅から歩いて数分という距離にあること及びその価格が気に入って本件建物を購入したものである。

控訴人は、本件売買契約を締結する際、山崎に対し、あと数年したら退職し、秋田県に戻って母親と一緒に暮らすつもりであり、本件建物を購入してもずっと住むわけではない旨告げた上、何年か住んだ後本件建物を売却できるか否か、その値段等を質問していたものであって、南側隣地に建物が建築されることはなく、本件建物について日照を得られることが本件建物購入の動機となっていることを表示したことはなかった。

(2)  控訴人は、当初八〇四号室を購入する予定であったが、他の客が八〇四号室の購入を希望したことから、本件建物を購入したものである。山崎は、八〇四号室から本件建物に売買物件が変更された際、控訴人に対し、いずれクリオ横浜壱番館の南側に同じくらいの高さの建物が建つので、八〇四号室よりも一階上の本件建物の方が多少でも良い条件で売却できる旨説明したところ、控訴人は、納得して本件建物を購入したものである。

(3)  中村は、南側隣地にテクノマンションが建設されることが判明した後、平成八年一二月二一日、控訴人に対し、本件売買契約について解約申し入れの意思があるか否かを平成九年一月一五日までに回答してほしい旨連絡したが、控訴人は、同日までに解約の意思を表明しなかったのみならず、同月一七日、電話で、中村に対し、本件売買契約を解約せず、住宅金融公庫に融資の手続をし、同月二二日又は同月二四日に必要な費用を払う旨回答していたものである。右事実に照らせば、控訴人が、本件建物について日照を得られることが本件建物購入の動機となっていることを表示したことがないことは明らかである。

3 契約締結上の過失に基づく損害賠償請求の当否(二次的・選択的主張二)

(一) 控訴人の主張

(1)  控訴人は、不動産売買の専門的知識を有しない一般消費者であり、近い将来南側隣地に高層建物が建築されることを知り得ない立場にあった。

控訴人は、本件売買契約を締結するか否かを決する上で、将来南側隣地に高層建物が建築され、これによって本件建物の日照、通風等の住宅条件が劣悪化するか否かが最も重大な関心事であり、被控訴人から、近い将来において南側隣地に高層建物が建築され、住宅条件が劣悪化する可能性がある旨の説明を受けていれば、本件売買契約を締結しなかた。

(2)  被控訴人は、不動産売買に関する専門的知識を有する株式会社であり、将来南側隣地に高層建物が建築されることを知り又は知り得る立場にあり、また、被控訴人は、控訴人にとって、本件建物の日照、通風等の住宅条件が重大な関心事であることを知っていた。

したがって、被控訴人は、将来南側隣地に高層建物が建築され、これによって本件建物の日照、通風等の住宅条件が劣悪化しないか否かを調査し、調査結果を控訴人に告知すべき義務があったというべきである。

(3)  被控訴人は、右調査義務又は調査結果の告知義務を怠り、南側隣地は大蔵省の土地だから相当長期間(又は一〇年間)高層建物は立たないなどと告げて控訴人を勧誘し、本件売買契約を締結させたところ、本件売買契約締結後一年も経過しないうちに南側隣地にテクノマンションが建築されているから、被控訴人には右調査義務違反又は調査結果の告知義務違反が存する。

(4)  控訴人は、被控訴人による右調査義務違反又は調査結果の告知義務違反の債務不履行により、本件売買契約を締結させられ、その結果、本件手付金四三〇万円を被控訴人に没収され、これと同額の損害を被った。

(5)  なお、被控訴人は、本件売買契約書及び本件重要事項説明書に「本物件周辺の現在空地となっている用地については、将来、所有者の都合その他により建築基準法その他法令の許認可を得て、中高層建物等が建築される場合があり、これに伴う日影等の環境変化が生じること」が明記されている旨主張するが、控訴人は、山崎の説明を信用して南側隣地には相当長期間建物が建たないと信じており、本件売買契約書及び本件重要事項説明書の文言に注意を払っていなかったものであり、右文言を承認して本件売買契約を締結したものではない。

(二) 被控訴人の主張

(1)  南側隣地が大蔵省からテクノに売却されたのは平成八年七月一九日であるところ、被控訴人は、本件売買契約が締結された同年一月一六日時点においては、南側隣地がどのように利用処分されるかを知り得る立場になかったから、被控訴人は、控訴人が主張するような調査・告知義務を負うものではない。

(2)  被控訴人は、本件売買契約書及び本件重要事項説明書において、「本物件周辺の現在空地となっている用地については、将来、所有者の都合その他により建築基準法その他法令の許認可を得て、中高層建物等が建築される場合があり、これに伴う日影等の環境変化が生じること」を明記し、控訴人らの顧客に告知・説明している。また、クリオ横浜壱番館のパンフレットにおいても横浜駅から徒歩六分の都心に立地していることなどクリオ横浜壱番館が商業集積地に立地していることを強調しており、その記載内容、右パンフレット中のクリオ横浜壱番館周辺の写真などから、クリオ横浜壱番館付近がすでに商業集積地であって日照が十分に保障されるものではないことを明らかにしている。右事情から、被控訴人は、クリオ横浜壱番館について、日照等の確保を強調していない。

(3)  控訴人は、本件物件を売却、賃貸する予定であると述べて、日照には重大な関心を示さなかった。

(4)  以上のとおり、被控訴人は、本件売買契約締結に当たって、信義則違反の行為をしたことはなく、契約締結上の過失責任を問われることはない。

4 過失相殺の当否

(一) 被控訴人の主張

仮に、被控訴人に契約締結上の過失に基づく責任が存するとしても、被控訴人には、本件売買契約書及び本件重要事項説明書において、「本物件周辺の現在空地となっている用地については、将来、所有者の都合その他により建築基準法その他法令の許認可を得て、中高層建物が建築される場合があり、これに伴う日影等の環境変化が生じること」が明記され、控訴人自身クリオ横浜壱番館を実際に見分していて、将来南側隣地にクリオ横浜壱番館と同程度の中高層建物が建築されることを容易に予測できたにもかかわらず、山崎の発言を曲解して、相当長期間、南側隣地にクリオ横浜壱番館と同程度の中高層建物は建築されないと誤解したものであり、被控訴人の責任を否定するほどの過失があるから、控訴人の損害賠償請求は否定されるべきである。

(二) 控訴人の主張

被控訴人の過失相殺の主張は争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(本件売買契約の債務不履行)について

1  各項中に掲載した各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) クリオ横浜壱番館の建設予定地は、横浜駅から徒歩約六分の商業地域に所在し、平成八年一月当時、同地域には高層ビルが建ち並んでいたが、クリオ横浜一番館建設予定地の北側は、自転車置場を挟んで五階建マンションが建てられ、東側は、公道に面しており、公道の東側にはクリオ横浜壱番館とほぼ同じ高さのビルが所在し、西側は幅約一五メートルの川を挟んでNTTビル及び駐車場があり、南側隣地は空き地であった。なお、南側隣地は、平成七年一〇月六日、大蔵省が相続税の物納により所有権を取得した土地である(甲五、六、乙六、証人山崎)。

(二) 控訴人は、平成八年一月当時、肩書住居地のアパートに居住し、日本油脂株式会社に勤務していた。

控訴人は、平成一〇年には日本油脂株式会社を定年退職する予定であり、退職後は、秋田県で一人暮らしをしている母親を呼び寄せて一緒に暮らそうと考えており、そのため、被控訴人の営業社員に新築マンションの購入を勧められて三回ほどモデルルームを見学に行ったことがあった(控訴人)。

(三) 控訴人は、平成八年一月八日頃、山崎から、電話で、被控訴人において、横浜駅から徒歩六分のところにマンション(クリオ横浜壱番館)を建築して分譲するので購入しないかとの勧誘を受けた。

控訴人は、当日、山崎の勧誘に応じて、東急東横線日吉駅前の喫茶店で山崎と落ち合い、クリオ横浜壱番館の説明を受けた上、山崎の案内で、クリオ横浜壱番館の建設予定地を見分し、かつ、モデルルームを見学した(甲八、乙五、控訴人、証人山崎)。

(四) 山崎は、右喫茶店ないしモデルルームにおいて、控訴人に対し、パンフレット(甲六)を示すなどしながら、クリオ横浜壱番館の概要、特にクリオ横浜壱番館が商業地域にあることの利便性と販売価格を説明し、さらに、個人的見解として、南側隣地の所有者が大蔵省なので、しばらくは何も建たないし、建物が建てられるにしても変なものは建たないはずである旨説明し、購入を勧誘した(甲六、八、控訴人)。

なお、右パンフレットには、二頁に「『横浜』都心が生活拠点。駅徒歩六分の希少立地」との大文字による見出し、「商業施設が集積する横浜駅西口。賑やかな通りを歩いて徒歩六分の地に『クリオ横浜壱番館』が誕生します。まさに『横浜』都心と言える立地に生活拠点を定め、都市生活はいっそう自由に、幅広く展開します。」との説明文、現地周辺の写真がそれぞれ掲載され、さらに別頁には「『横浜』の都市性を存分に享受するステーションサイド生活」との大文字による見出し、「ターミナル『横浜』へ徒歩六分の立地性。さらに三越、高島屋など高級デパートから、ダイエーなどの日常生活ニーズをみたすスーパーまで、すべて徒歩圏というどこよりも恵まれた環境に『クリオ横浜壱番館』は誕生します。」との説明文が掲載され、クリオ横浜壱番館のセールスポイントとして横浜駅西口から徒歩六分の立地条件、商業地域にあるマンションとしての利便性が強調されている。また、右パンフレットには、右記事等と共に、南側隣地に建物が建てられておらず、クリオ横浜壱番館の西側が川に面している状況が描かれているクリオ横浜壱番館のイラスト、「天井までのワイドな開口」と題する小見出しと「梁部分を天井ではなくバルコニー手摺壁を兼用した逆梁とすることで、開口部分が天井までとれる明るい住空間が実現します。」との記事及びその説明図、「自然の光と風が舞う家。」との小見出しと「自然光の明るさがクッキングワークをいっそう楽しく」するとの記事、「二面採光の明るい主寝室」、「全室に明るい自然光が確保されている角部屋住戸」、「自然採光がとれる明るいバスタイム」等の明るさや自然採光がとれることを強調した記事が随所に見られる(甲六)。

(五) 控訴人は、クリオ横浜壱番館の立地条件及び通勤利便性が良く、また、本件物件の価格等が手頃であることなどに加えて、山崎の見解に従うと、相当長期間にわたってクリオ横浜壱番館の日照・通風が確保されると考え、クリオ横浜壱番館の居室を購入することを決意し、同月一〇日、日吉駅前の喫茶店で山崎と会い、クリオ横浜壱番館八〇四号室の購入を申し込み、申込金一〇万円を交付した(甲八、控訴人)。

山崎は、その後、別の客が親戚の購入した八〇五号室と続きの八〇四号室の購入を希望したため、控訴人に対し、購入物件を本件建物に変更してほしい旨依頼した。その際、山崎は、控訴人に対し、一階上の方が多少でも賃貸条件も良く売却しやすいと説明し、さらに、価格も本件建物の方が本来約三〇万円高いけれども八〇四号室と同じ値段で良い旨伝えた。控訴人は、右説明を受けて、本件建物を購入することに応じた(甲八、乙四、五、証人山崎、控訴人)。

(六) 控訴人と被控訴人は、平成八年一月一六日、本件建物につき、本件売買契約書を取り交わし、本件売買契約を締結し、手付金四三〇万円(交付済みの申込金を含む。)を支払った(当事者間に争いがない。)。

その際、被控訴人の宅地建物取引主任者である桐山潤は、控訴人に対し、本件重要事項説明書を交付した上、これを読み上げて内容を説明した。本件売買契約書及び本件重要事項説明書には、控訴人主張のような本件保証特約の存在を窺わせる記載は全くなく、かえって、「本物件を含む地域は商業地域であり、……、本物件周辺の現在空地となっている用地については、将来、所有者の都合その他により建築基準法その他法令の許認可を得て、中高層建物等が建築される場合があり、これに伴う日影等の環境変化が生じること。また、現在建物が立っている用地についても同様に、将来建替え等により日影等の環境変化が生じること。」が明記されていたが、控訴人は、桐山潤によって本件重要事項説明書が読み上げられた際、右点について何らの異議を述べなかった(甲一、乙三、証人山崎、控訴人)。

その後、控訴人は、平成八年二月二〇日までに、中間金四三〇万円を支払った。なお、控訴人の勤務する日本油脂株式会社では、退職金が56.5歳の時点で支払われるところ、右手付金及び中間金合計八六〇万円は、控訴人の退職金の半額に相当する金額であった(控訴人。中間金の支払については当事者間に争いがない。)。

(七) 南側隣地は、本件契約締結後の平成八年七月一九日、大蔵省からテクノに売却され、同月二三日付で所有権移転登記が経由された(乙六)。

被控訴人は、同年八月上旬、テクノから隣地購入の挨拶とマンション建設の申入れを受けて、南側隣地にマンションが建築されることを初めて知った。被控訴人は、弁護士に依頼し、テクノに対し、建築の見直し等を申し入れたが拒否されたため、同年一〇月四日、横浜地方裁判所に対し、建築禁止の仮処分を申し立てた。なお、担当弁護士は、右仮処分に対し、勝訴の見込みは著しく低いと考えていた(甲四、五)。

(八) クリオ横浜壱番館は、売出しからほぼ二週間で全六二戸が完売されていたが、被控訴人は、平成八年一一月三〇日、テクノマンション建築に対する被控訴人の対応を説明するため、クリオ横浜壱番館各室の買主に対する説明会を開いた(甲四、五、証人山崎、控訴人)。

被控訴人は、右説明会において、複数の参加者から、南側隣地につき、「営業の方から前の地主が物納したのでマンションなんて建つわけがない」「『大蔵省の持ち物だ』と、しかも『明和地所が買った価格とは全然違う価格で評価がなってますから建つにしてもすぐには建ちませんよ』『だから一〇年は建ちませんよ』と言われた」、「営業の方からマンションは建たない、建っても四〜五階位のものだろうという風に聞いていると思います。自分も聞いた」、「一〇年後という説明を受けている人は多いのだから。建って引っ越したら黒い壁が建っていたら怒りますよ。」などと、営業担当者による不適切な説明があったとの苦情を受けた(甲五、九、控訴人)。

(九) 被控訴人は、右(八)の事態を受け、調査の結果、営業担当者による不適切な説明があったことによりクリオ横浜壱番館の居室を購入した者については、売買契約の約定に関わらず、手付金を没収しないで売買契約を白紙解約することとし、その旨をクリオ横浜壱番館各室の購入者に通知した。その結果、被控訴人は、平成九年一月二二日頃までに、クリオ横浜壱番館の購入者のうち八名から解約の意思表示を受け、いずれも白紙解約に応じた(乙五、証人山崎)。

(一〇) 控訴人は、平成八年一二月末頃、中村から、本件売買契約をキャンセルするのであれば白紙撤回に応じるので申し出てほしい旨の電話を受けた。控訴人は、もうすぐ定年退職する時期であり、公的資金を借りてマンションを購入するのは最後の機会であると思っていた上、本件建物の内部の間取り工事のための費用も支出していたことから、決断に迷い、最終金支払期限である平成九年二月二八日になって、被控訴人の本社を訪れ、被控訴人に対して解約の申入れをし、手付金及び中間金の返還を求めた(甲八、控訴人)。

被控訴人は、右解約申入れに応じず、控訴人が最後の支払をしなかったとして、同年三月二〇日、控訴人に対し、七日以内に最終金の支払がないときには本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたが、控訴人は、右期間中に最終金を支払わなかった(当事者間に争いがない。)。

被控訴人は、控訴人から、同月三一日到達の内容証明郵便により、本件手付金及び中間金合計八六〇万円の返還を求められたが、同年四月一一日、控訴人に対し、売買代金の内金として受領済の中間金四三〇万円を返還したのみで、本件手付金四三〇万円は違約金として没収するとしてこれを返還しない(甲二の1、2。被控訴人が中間金四三〇万円を返還し、本件手付金を返還しないことは当事者間に争いがない。)。

2  証人山崎の証言中には、控訴人が、本件売買契約を締結する際、山崎に対し、あと数年したら退職し、秋田県に戻って母親と一緒に暮らすつもりであり、本件建物を購入してもずっと住むわけではないと告げた旨の右認定に反する供述部分が存する。しかし、控訴人は、これを否定しており、現実にも控訴人が日本油脂株式会社を退職後も肩書き住居地に居住しており秋田県に帰っていないこと(控訴人)、退職後に秋田県に戻るという控訴人が、退職の間際に、退職金の二倍以上の価格の本件建物を買うというのは不自然であること(乙四、控訴人)を考慮すると、証人山崎の右供述はたやすく信用することができない。

また、乙第五号証(山崎の陳述書)中には、八〇四号室から本件建物に売買物件が変更された際、山崎が、控訴人に対し、いずれクリオ横浜壱番館の南側に同じくらいの高さの建物が建つので、八〇四号室よりも一階上の本件建物の方が多少でも良い条件で売却できる旨説明したところ、控訴人は、納得して本件建物を購入した旨の陳述部分が存するが、山崎自身そのような説明はしなかった旨証言しており、控訴人がこれを否定していることにかんがみると(証人山崎、控訴人)、乙第五号証の山崎の右陳述は、信用することができない。

被控訴人は、中村が、南側隣地にテクノマンションが建設されることが判明した後の平成八年一二月二一日、控訴人に対し、解約申し入れの意思があるか否かを平成九年一月一五日までに回答してほしい旨連絡したが、控訴人は、同日までに解約の意思を表明しなかったのみならず、同月一七日、電話で、中村に対し、本件売買契約を解約せず、住宅金融公庫に融資の手続をし、同月二二日又は同月二四日に必要な費用を払う旨回答した旨、右認定に反する主張をするが、右主張を認めるに足りる的確な証拠は存在せず、右主張を認めることはできない。

そして、他に右1の認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

3  右1の事実を基に判断するに、本件売買契約には、控訴人主張のような本件保証特約の存在を窺わせる記載は全くなく、かえって、本件売買契約書及び本件重要事項説明書には、「本物件を含む地域は商業地域であり、……、本物件周辺の現在空地となっている用地については、将来、所有者の都合その他により建築基準法その他法令の許認可を得て、中高層建物等が建築される場合があり、これに伴う日影等の環境変化が生じること。また、現在建物が立っている用地についても同様に、将来建替え等により日影等の環境変化が生じること。」が明記されていたことを考慮すると、本件売買契約において、本件保証特約がされたことを認めることはできない。

二  争点2(本件売買契約は錯誤により無効であるか)について

右一1の事実によれば、控訴人が、本件売買契約に本件保証特約が存在すると誤信したとは認められず、したがって、これが動機となって本件売買契約を締結したと認めることもできない。

また、控訴人は、南側隣地に建物が建築されることはなく、本件建物について日照を得られることを動機として本件売買契約を締結したものであり、本件建物につき日照が得られないことが始めから分かっていれば本件売買契約を締結しなかった旨主張しているところ、前記一1のとおり、山崎が、本件売買契約に当たり、控訴人に対し、個人的見解として、南側隣地の所有者が大蔵省なので、しばらくは何も建たないし、建物が建てられるにしても変なものは建たないはずである旨説明し、購入を勧誘したことが認められる。しかし、実際に締結された本件売買契約中には、南側隣地に相当長期間建物が建たないことを保証するなどの条項は存在せず、かえって、「本物件周辺及び現在空地となっている用地については、将来、所有者の都合その他により建築基準法その他法令の許認可を得て、中高層建物等が建築される場合があり、これに伴う日影等の環境変化が生じること。」という、控訴人の主張と相反する条項が明記されていること、控訴人が本件売買契約を締結するにあたり、本件重要事項説明書の右と同旨の条項を読み上げられた際に何らの異議を述べていなかったことなどからすると、控訴人は、本件売買契約においては右条項に従うこととし、南側隣地に建物が建築されることはなく、本件建物について日照が得られることについては、これを事実上の期待ないし利益にとどめ、本件売買契約の内容としないこととしたというべきであり、したがって、控訴人が、被控訴人に対し、南側隣地に建物が建築されることはなく、本件建物について日照が得られることを動機として明示又は黙示的に表示し、その結果、これが本件売買契約の内容となったとまでは認めることができない。

以上のとおり、控訴人の錯誤の主張は採用できない。

三  争点3(契約締結上の過失に基づく損害賠償請求の当否)について

1 被控訴人は、不動産売買に関する専門的知識を有する株式会社であり、控訴人は、不動産売買の専門的知識を有しない一般消費者であるから、被控訴人としては、控訴人に対し、売却物件であるクリオ横浜壱番館ないし本件建物の日照・通風等に関し、正確な情報を提供する義務があり、誤った情報を提供して本件建物の購入・不購入の判断を誤らせないようにする信義則上の義務があるというべきである。

2 南側隣地は、大蔵省が相続税の物納により所有権を取得した土地であり、大蔵省が何らかの用途に供する目的で取得した土地ではないから、不動産売買に関する専門的知識を有し、右経過を知っていた被控訴人としては、南側隣地が横浜駅から至近距離にあるという立地条件と相まって、大蔵省において、早晩これを換金処分し、その購入者がその土地上に中高層マンション等を建築する可能性があることやマンション等の建築によって本件建物の日照・通風等が阻害されることがあることを当然予想できたというべきであるから、クリオ横浜壱番館の販売に当たり、その旨営業社員に周知徹底し、営業社員をして、右のような可能性等があることを控訴人らの顧客に告知すべき義務があったというべきである。

3 しかるに、被控訴人は、営業社員に対し、右のような可能性があることを周知徹底させず、そのため、山崎は、かえって、控訴人に対し、個人的見解と断りながらも、南側隣地の所有者が大蔵省なので、しばらくは何も建たないし、建物が建てられるにしても変なものは建たないはずである旨説明し、控訴人をして、南側隣地に建物が建築されることはなく、本件建物の日照が確保される旨の期待を持たせて本件建物の購入を勧誘し、控訴人をして本件建物を購入させたものであるから、被控訴人には、右告知義務違反の債務不履行があったと認められる。

4  控訴人は、本件売買契約を締結するか否かを決する上で、将来南側隣地に中高層建物が建築され、これによって本件建物の日照、通風等の住宅条件が劣悪化するか否かに重大な関心を有しており、被控訴人から、近い将来において南側隣地に中高層建物が建築され、これにより住宅条件が劣悪化する可能性がある旨の説明を受けていれば、本件売買契約を締結することはなく、ひいては、本件売買契約の不履行を理由として本件売買契約を解除され、本件手付金を没収されることはなかったと認められるから(甲八、控訴人)、被控訴人は、控訴人に対し、右告知義務違反の債務不履行に基づき、本件手付金四三〇万円を没収されたことによる損害の賠償を求めることができるというべきである。

四  争点4(過失相殺の当否)について

控訴人は、本件売買契約書及び本件重要事項説明書において、「本物件周辺の現在空地となっている用地については、将来、所有者の都合その他により建築基準法その他法令の許認可を得て、中高層建物等が建築される場合があり、これに伴う日影等の環境変化が生じること」が明記されていた上、控訴人自身クリオ横浜壱番館を実際に見分しているのであるから、近い将来において、南側隣地にクリオ横浜壱番館と同程度の中高層建物が建築されることを予測できたというべきところ、控訴人は、山崎の個人的見解に盲従して、相当長期間、南側隣地にクリオ横浜壱番館と同程度の中高層建物は建築されないと誤信し本件売買契約を締結した上、被控訴人から、本件売買契約解約の機会を与えられながら、最終金の支払期日まで本件売買契約の解約申し入れをせず、本件手付金を没収された過失があるから、控訴人の損害額を算定するに当たっては右過失を考慮すべきである。

そして、右で述べた事実及び前記一1で認定した諸事実に照らすと、控訴人の過失割合は、五〇パーセントであると認められる。

したがって、右割合により過失相殺すると、控訴人が被控訴人に対し損害賠償を求めることができる額は、二一五万円(本件手付金相当額430万円×〔1−0.5〕=215万円)となる。

五  以上の次第で、控訴人の請求は、被控訴人に対し、二一五万円及びこれに対する請求後の日である平成一〇年四月二四日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、右と結論を異にする原判決は一部不当であるから、原判決を右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林正 裁判官 萩原秀紀)

別紙物件目録〈省略〉

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